がいな太鼓とは

■歴史

昭和49年に誕生した『米子がいな太鼓保存会』は、郷土芸能が何一つなかった米子市に「全国に誇れる太鼓を」と言う熱意を持った11名の若者が中心となり結成されました。以来、地域に根ざした演奏活動、鳥取国体開会式、文化庁及び鳥取県主催の芸術祭、国民文化祭、様々な祭典、地元の観光キャンペーン等、公共的な演奏活動はもとより、海外においてもその独特な音楽性で観客を魅了しています。又、その間に企業、高校、中学、小学校、保育園の団体を育成し、近隣地域においても作曲指導を行っています。その結果、発足後今日までに15団体200名を擁す大きな団体に成長致しました。名称に使用されています「がいな」とは、米子地方の方言で「でっかい」とか「スケールが大きい」と言う意味です。「全てにおいて雄大であれ」との思いを込めて命名したものです。そしてこれからも郷土を愛する心、郷土への響きを大切にして精進して参ります。

太鼓の心 - 鼓動心響 -

太鼓のリズムを打つことは少し慣れれば誰でも可能です。しかし「人の心に響く太鼓を打つ」ことは、そう簡単にできるものではありません。我々はプロではありませんが、太鼓を打つ心を大切にしています。そして激しい練習を繰り返して5年、10年かかってやっと本当の意味での「太鼓を打つ」ことができると思っています。又、無心になってただひたすら太鼓を打ち、まず自身が充実感を味わう。それができなければ、決して観客の心に響く太鼓は打てないと考えます。それが「人の心に響く太鼓を打つ」すなわち、『鼓動心響』と言うことなのです。

■曲の特徴

米子流がいな太鼓』は、米子流初代宗家、本田幸男により結成以来30年の歳月を経て作り上げられた新しい時代の創作太鼓です。曲のコンセプトはオーケストラ風の「リズム組曲太鼓」であり、音楽性を重視し、音色の異なる楽器を駆使して、それぞれ異なったリズムパターンを演奏します。そしてそれが複雑に絡み合って、「四季が移り変わる」ように、又、言い換えれば「起承転結」のごとく曲が変化して行くのです。時には思わず手拍子をしたくなるような軽快なリズム。時には心にしみ渡る静寂かつ重厚な響き、ソロ演奏あり、勇壮なそろい打ちあり、曲の構成はバラエティーに富んでいます。それはまさに「オーケストラ・リズム・アンサンブル」であり、作曲したオリジナル曲は50曲にも及びます。しかしながら単なる洋楽のパーカッションではありません。あくまでも「日本の太鼓」らしさにこだわっています。それが『米子流』のコンセプトなのです。
一方、他にも大きな特徴があります。それは太鼓の精神とあい通じることが多い、武道にも似た切れのある所作です。太鼓を打つ時の所作は「舞であってはいけない」それが『米子流』の考え方です。その所作とリズムがあいまって独特な雰囲気をかもし出しています。だから『米子流がいな太鼓』の演奏する曲は飽きが来なく、いつまでも観客を魅了しているのです。

二代宗家 仙田英人・各連写真
米子流創始者(初代宗家)本田幸男・各連写真

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